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渋谷簡易裁判所 昭和44年(ハ)181号 判決

原告 里見芙紗子

右訴訟代理人弁護士 宮島優

被告 土田松夫

右訴訟代理人弁護士 寺本勤

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

1、原告

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を明渡し、昭和三九年七月三日以降右明渡済に至るまで一か月金七、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする旨の判決、そならびに仮執行の宣言。

2、被告

主文同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

原告は所有の別紙目録記載建物南側の一戸である本件建物を被告に対し、昭和二八年一二月四日賃料一か月金七、〇〇〇円、毎月一日その月分を持参支払う約定で賃貸し、被告は爾来これを占有し、賃借後建物西側の空地上に建物に接して作業場を建て謄写印刷業を営んでいること、原告は被告に対し昭和三九年七月三日到達の書面により被告が原告の承諾なく右作業場を建増し、同所で近隣に迷惑となるような音を発して作業をしていることを理由として右賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、なお原告は北側の一戸を訴外北畠はなに賃貸していたが、昭和四四年三月北畠から明渡を得た後は空家としてあることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、本件建物の賃貸借については当事者間に「賃借人は賃借建物を住居として使用し、造作の附加、模様替、建増その他原状および使用目的の変更禁止、近隣の迷惑となる行為の禁止、右の一つにでも違反したときは賃貸人は催告を要せず契約を解除することができること、また、賃借人が右の造作の附加、模様替、建増その他原状および使用目的の変更を必要とする場合は、予じめ賃貸人の書面による承諾を得ることとし、これに違反した場合も前同様解除することができる旨の特約がなされたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

被告は、右特約条項で賃借人に不利益なものは、借家法六条により無効である旨主張するが、右の各特約条項はいずれも右法条に該当しないので被告の右主張は理由がなく採用することができない。

次に≪証拠省略≫を前記証拠に併せ考えると、被告は昭和三〇年六月後、本件建物西側の空地上に原告の前記特約による承諾もなく、建物に接続して約八・二五平方メートルの木造ビニール葺仮設建物を増築して手動式および電動式各一台の謄写印刷器、裁断器、机、書棚等を備え謄写印刷の作業場として使用しているほか、その南側隣家との境コンクリート塀までの約三・六〇平方メートルの部分は、右塀を利用して東側を板、トタン等で囲い、トタン葺板張りの物置小屋を設けて利用していること、しかして右作業場は土台もなく、西側南隅に柱を建て本件建物西側軒出部分および下見板を利用してビニール波板を張り出して屋根とし、北側は本件建物台所の下見板を利用し、それ以外の部分、西側の窓以外の部分および南側は前記物置との出入硝子戸以外の部分をそれぞれ板囲いにした板敷のものであり、その撤去に全一日も要しないと推察される簡単な構造で俗に「さしかけ」と呼ばれる建築物であること、なお被告が謄写印刷器を使用するのは、ほとんど昼間であり、平均一日手動式が約二時間、電動式が約三〇分であり、その余は「がり版切り」、校正、納品等に費やし、電動式の操作中は家庭用電気ミシンの使用時に発する程度の音を発するが、手動式の場合は右程度の音も出ないことを各認めることができ、右認定に反する≪証拠省略≫は採用せず、他に右認定に反する証拠はない。

ところで建物の賃貸借契約において賃借建物を住居に使用し、造作の附加、模様替、建増その他原状および使用目的の変更を禁止し、これに違背した場合は賃貸人は直ちに契約を解除することができる旨の特約がある場合においても、右違背の程度、態様が軽微であり、その他諸般の事情から賃貸人に対する背信的行為に当らないと認められる場合には、賃貸人は右特約違反を理由に直ちに契約を解除することはできないものと解するを相当とする。これを本件についてみるに、前記証拠によれば本件賃貸借成立当時、被告は妻および五人の子供(男四人、女一人)を拘えて謄写印刷業をしていたことは原告の代理人広田力一において承知していたものと推察されるところ、本件建物は六畳、四畳半、二畳の三室であって被告ら七人家族の住居のほか、同所で謄写印刷業を営むには聊か狭溢であることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがって被告が前記のとおり本件建物自体を変更することなく、これを利用して撤去に全一日も要しない程度の簡単な仮設建築物(さしかけ)および物置場所を附加したことは、原告に対する著しい背信的行為であるということはできない。また被告が同所を作業場とし、その作業も前認定のとおり家庭用電気ミシン使用時の音と同程度の音を発する電動式印刷器を主に昼間約三〇分使用するのみであり、手動式の場合は約二時間でほとんど音を出していない状況では、近隣の迷惑となる行為とはいえないから、原告が被告に対し右作業場等の附加および作業行為を前記特約違背として昭和三九年七月三日到達の書面でなした本件賃貸借契約の解除(当事者間に争いがない)は無効であるといわなければならない。

次に原告は昭和四五年一〇月一三日提出の準備書面(同月二七日第九回口頭弁論期日に陳述)により本件建物を自ら使用する必要あることを理由に解除申入をする旨主張するが、解除に必要な正当事由は解約後申入後六か月間存続することを要するのみならず、右主張は昭和四四年六月一三日本訴提起後九回の口頭弁論が行われ、その間当事者双方は前記特約違背による契約解除の効力について攻撃、防禦がなされ、証拠調も終った段階において初めてなされたものであり、それ以前主張できなかった等の事情は存在しないのである(右事情の存在についての主張、立証がない。また広田証人は昭和三九年六月一〇日ころ、被告に対して原告の自己使用の正当事由により解約申入れをした旨証言する)。したがって原告の右主張は故意または重大な過失により時機に後れた攻撃方法というべく、訴訟の完結を遅延させるものと認められるので、原告の右攻撃方法はこれを却下する。

そうすると原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく結局理由がないので棄却することとして主文のとおり判決する(民訴法第八九条適用)。

(裁判官 佐藤真)

〈以下省略〉

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